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クライスラーの想い出

2009/05/06 18:08

 

 米自動車大手(ビッグスリー)の一角、というより3社のうちの万年3位のクライスラーが経営破綻した。昔、自動車担当だったころ、デトロイトの本社に取材にいったことがある。80年代前半だからもう20年以上前のことだ。当時の同社はリー・アイアコッカ氏が会長で、経営危機に陥っていた同社をどうにか再建したカリスマ経営者として有名になったころ。結局、アイアコッカ氏にインタビューすることはできなかったが、副社長に会って取材をすることができた。何を聞いたかもう忘れたが、会長の経営手腕を褒めていたことは覚えている。

 このアイアコッカ会長という人は、フォードで伝説的な名車「マスタング」の開発者で、社長となったが、オーナー会長のフォード2世とけんかして辞め、クライスラーにこわれて入った。フォード時代の政治人脈を生かして、政府資金の獲得に成功し、経営を軌道に乗せることに成功した。なんといってもアイアコッカ会長の特色は、日本車排撃の急先鋒だったことだ。「日本車は太平洋に追い落としてやる」とことあるごとに息巻いていた。性能はさほどでもないのに、円安ドル高を利用して米国内でダンピング(不当廉売)していると非を鳴らした。

 ああそれなのに、デトロイトで聞いた話では、アイアコッカ会長の最愛の娘の20歳の誕生日に贈った「最高のプレゼント」が三菱自動車のスポーツカー「スタリオン」だった。三菱とは提携関係にあったとはいえ、日本車排撃の張本人の本音はまったく違ったのだ。記事にすればアイアコッカ氏の政治的立場が極めて悪くなるということで、書かないことを条件に聞かせてもらったお話。

 経営危機を救った中興の祖ともいわれたが、アイアコッカ氏が去った後もクライスラーは、特に発展するでもなく、自動車の需要増に助けられてどうにか生きてきたというのが実像だ。世界自動車再編のなかでは独ダイムラー・ベンツと合併して生き残りを図ったり、そのダイムラーに離縁されて投資ファンドに助けを求めたりと、本筋の商品=クルマで勝負することもなく、あえなくダウンとなった。中興の祖がつくった体質なのか、米国製造業の体質なのか。

 仮に政府援助で再建が成るとしても、フィアットの傘下に入るにしても、ことここに至った体質が変わらない限り、またいつか同じ道をたどることになるのではないか。

 

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やはりお金は面白い

2009/03/06 15:34

 

 先日、会社の近くにある日銀の貨幣博物館(中央区日本橋本石町)を覗いてきた。平日の昼飯時、入場無料の割には入館者はまばら。おかげでゆっくりと館内を回ることができ、展示物ひとつひとつをじっくり見ることができた。回覧順路は歴史順で、貨幣以前のお金、それは狩猟などに使う弓矢の矢尻から始まったとある。日本の最初の貨幣は和同開珎で、その実物が展示されていて、これより古いとされる富本銭の説明もされていた。

 順路の3分の2 くらいまで来ると幕末から明治へとなる。貨幣からみると、明治政府は革命政権のようなもので、両替商に紙幣を発行させたり、政府自ら「太政官札」を出したり、国立銀行をつくって紙幣を発行・流通させたりと、西洋の手法も参考にしながら試行錯誤の金融制度を形成していく。日本銀行を設立し順次、153もあった国立銀行をいまでいう民営化して、日銀を中央銀行(銀行の中の銀行)とした現代につながる金融システムを構築するのは明治も半ばごろになってからである。

 太政官札をながめていて、ふと思ったのが最近話題になった政府紙幣のことだ。内需振興、需要創造のため政府紙幣を刷りまくって国民にバラまけ。ヘリコプターから宣伝ビラをまくようにバラまけというものだ。まあ、国家による円天みたいなものかもしれないが、インフレになるからやるべきではないなどの否定論が多いが、それで国民が幸せになるならやった方がいい。理論的に成り立つなら、必要な法改正をどんどんやって、実行すればいい。

 ただ、1つだけ、これだけはいえるというのは、今後、日本国民は働かなくなるだろうなあ、ということ。日本語から「努力」という言葉は消えるのだろうなあ、ということこと。今回1回だけというが、1回も100回も同じ。ゼロ回と1回は無限大に違うもの。大げさにいえば、究極の愚民政策、亡国への誘いといえなくもない。

 貨幣博物館は、日銀の運営だから展示の説明が日銀寄りなのは否めないかもしれないが、今日の金融システムまでの歴史の流れを見てきていろいろ勉強になった。しかし、いまの金融政策には課題も多く、個人的には文句もいっぱいある。それはまた別の機会として、この博物館の見学をお勧めしたい。また日銀も、貨幣博物館を質量とももっと拡充してほしいものである。

 「果報は寝て待て」というが、「貨幣は出かけて見ろ」ということでした。

 

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記者もいろいろ

2009/02/24 20:48

 

 中川前財務相が、G7後のもうろう会見で辞任したが、一方で、報道側の会見姿勢や、中川氏の「酒癖」を担当記者はよく知っていて、それをこれまでなぜ報道しなかったのか、といった批判がでている。その通り、とも思うが、原因は新聞・テレビの取材態勢、報道の仕組みにあるのか、あるいは報道記者の倫理レベルの問題なのか、はたまた両方プラスαなのか。

 現場の記者から聞いた話だが、日銀の総裁会見で、各社自由質問の場になって、ある若い記者が「総裁、いまの経済状況をお天気にたとえたら、どうなりますか。晴れですか、曇りですか、はたまた雨ですか」と聞いたという。日銀の総裁会見というのは、経済や金融の状況を、言葉を選び、微妙な言い回しで発言するもので、記者自身がそれまでにエコノミストなどに十分な取材をして、勉強したうえで臨むものだ。小学生が「学級新聞」をつくるため会見に臨んでいるのではない。

 何年か前、大阪のJR西日本・福知山線の大事故で、西日本の幹部・経営陣に言葉の暴力で迫った新聞記者がいた。企業不祥事でも、余りにも行き過ぎの正義の記者もいた。最近では、大企業の非正社員切りで、「企業悪」を声高に叫び、「こういうときこそ内部留保をなぜ使わない」などと声を荒げて質問する。そりゃあ、企業もすべて正しいわけではない。非難されるべきところも少なくない。しかし、決めつけと勉強不足は報道としての品格が問われるのではないか。 とくに、いまの若い記者は、である。

 このほかにも、不愉快になる現場の会見の様子などを聞くことがあるが、中川問題を「記者の劣化」も併せて考えてみたい。

 

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車内放送

2009/01/27 13:35

 

 通勤や取材で電車を利用するが、最近やたらと運行の「遅れ」が目立つ。首都圏のJR、私鉄はちょっとした車両故障、信号トラブルで遅れるだけでなく、踏切事故や駅ホームから利用客が線路に降りたり、また具合の悪い客への対応など必ずしも電車運行側の不都合によるものでない要因も増えているらしい。

 遅れが発生したときの車内アナウンスも、遅れの理由を簡単に説明するようになってきたし、昔から比べると、乗客へのサービス精神は向上しているといえる。

 ただ気になるのは、私鉄の場合だが、遅れを詫びるアナウンスが「深くお詫びいたします」という言い方で、理由が運行側であろうと、乗客側であろうと、いちいちの説明の後に「深くお詫び」のフレーズが必ず付く。同一方向に進む後続の電車内でも同じような説明とお詫びがなされているはず。少なくとも遅れが解消されるまで、各電車内で繰り返し繰り返しアナウンスされているのだろう。そこで「深くお詫び」のフレーズはマニュアル化されていて

、いかなる理由であろうと最後にこの言葉をいいなさい、となっていると思われる。

 乗客側の都合由来の遅れであれば、お詫び言葉はいらないのではないか。まして「深く」は不必要であろう。どう考えても運行側由来の遅れではないと思った車内放送で「深く、深く」という言い方も聞いたことがある。リップサービスの範囲内とはいっても、そこまでいわれると、逆に嫌みなアナウンスだと感じるが、いかがなものだろうか。

 

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変わる海外旅行

2009/01/09 14:14

 

 先日、どこの新聞だったか、中国の大連市が遼東半島南端の旅順地区を世界遺産に登録する計画をもっているという記事が載っていた。旅順といえば日露戦争(1904年)の激戦地で、とくに203高地というところでは日本軍に多大な戦死者をだした。記事によると、世界遺産に登録されることで日本からの観光客を増やすことができると考えている。そりゃあ、この戦争では日本は戦勝国だから、過去の戦跡を観光に行く動機づけにはなるかもしれないが、果たして、そう思惑通りに日本人観光客が増えるかどうかは疑わしい。

 というのも、4カ月ほど前、旅行会社の人と話をする機会があったとき、中国観光は安いこともあって若い人たちにはけっこう人気がある。今度、大連ツアーを企画しようと検討したとき、スタッフの意見は、203高地などの日露戦争の戦跡などはメニューに入れない方がいいというのです。若い人たちは知らないし、知ってる世代は、暗いものをわざわざ見にはいかないだろう。むしろグルメや買い物などのお楽しみツアーの内容にして企画するなら旅行商品としていい線までいくのではないか、という話だった。

 このほかにも、いまの若い世代は、そもそも海外旅行に興味がないのだと指摘した。特定の国や地域に対して関心を持たなくなっているのが大きな理由だが、インターネットで世界中の景色や知識が簡単に見られる、得られるのも旅行需要減少につながっていると説明してくれた。旅行業者にとってもネットは大きな商売敵になってきたようだ。

 

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隣は何をする人ぞ

2008/12/24 18:56

 

 忘年会シーズンとなって、仲間内の数人で安い焼鳥屋にいった。しばらくし、会話も弾み盛り上がりつつあるころに、隣の席に年の頃なら30くらいの客が1人で座った。この店の今日のお勧めをいくつか注文。飲み物は小さい瓶ビール。注文品が目の前にくると、やおら小型のデジカメを取り出して、フラッシュ付きでパチリ。ややアングルを変えてもう1枚。2品目がくるとやはり同じようにパチリ、パチリ。注文品はパチリの後に順次、平らげるもののビールはほとんど飲まなかった。結局、4品食べて、おあいそして出て行ったが、何か変わった光景をみて、こちらは落ち着かなかった。

 推測するに、ライバルの焼鳥屋が敵情視察にきて、どんな品が売れているのか、その品は具体的にどのように盛りつけられ、見た目はどうかなどについてリポートでも書こうとしたのか。それほど仰々しくはなく、自らの飲食についてブログにでも書いているのか、はたまた糖尿病かなにかで食事療法が必要で、奥さんか医者かだれかに報告するために写真をとっていたのか。

 後で店員にきいてみたが、少なくとも常連ではないという。最近、そういう客はたまにいて、とくに警戒もしていないらしい。

 それから1週間ほどたった日曜日。午後にJR横浜駅から横須賀線の上り(東京方面)に乗ったとき。電車が動き出すと、4人掛けボックスで2人分席をとっていた1人の青年がリュックから、買ってきたばかりの駅弁を取り出した。空いてる席にその駅弁を置き、同じくポケットから取り出した小型デジカメでパチリ。2、3枚撮ると、今度はヒモを解いてフタをとり、やはり上からパチリ、パチリ。そうして、付いてる割り箸をわって、中身を食べ始めた。それも、パクパクというより、パックと口に運んで噛みながら味わうように食べていた。さあこの青年についても、どのような推理ができるのか。

 公衆の場で、携帯電話の使用は日常茶飯事だが、デジカメの利用はやはり違和感がある。自分の食べ物を撮っているうちはいいかもしれないが、レンズをいきなりこちらに向けられたらどう反応していいのやら。個人情報や肖像権の問題として訴えるのか、現行犯としてカメラを取り上げ、店員や駅員に引き渡すのか。IT機器の発達は、社会にさまざまな問題をこれからも投げかけていくのだろう。

 

 

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アキバは不滅

2008/12/04 18:20

 

 取材が終わって時間があったので、近くの秋葉原の電気街を久しぶりに歩いた。この夏には、通り魔による殺傷事件があり、街のイメージダウンにつながったのかもしれず、また急速に冷え込んできた景気の影響を街の表情がどのように現しているか、とりとめもなくブラブラと歩いた。

 アキバに来たのはもう半年以上前だったから、駅前の新築ビルなどが増え、だいぶ変わったのかな、と予想していたのだが、建物、街路の風景はあまり変わってはいなかった。駅ビルでもある秋葉原デパートが大幅改装中で、そう高くもないビルだけど上からスッポリとクリーム色の覆いをかぶされていた。通り魔事件が起きたのは日曜日で、当方の散歩は水曜日。事件の跡はもうなく、ウィークデーでもあったからビジネスマン風の人も多く、アキバ詣で有名になったアジア系の外国人観光客の姿もけっこう見受けられた。駅前に多くいた「萌え系」の少女たちの数は、いくぶん減ったようだった。

 駅を挟んで、電気街と反対にある駅前の「ヨドバシカメラ」は、入り口に入る人の波がいつまでも途切れることがなく、活気に溢れていた。オープンしてもう3年以上たつが、オープン当初のにぎわいを依然保っているようだ。入り口には、売り物のパンフレットが山のように積まれ、それが瞬く間に高さを低くしていく。その中に同社のガイドブックがあって、「ヨドバシカメラおすすめランキング 08年間ヒット商品番付」というのが載っていた。アキバ店の販売員による番付だそうで、横綱は<ブルーレイ搭載機器>、大関は<ネットブックPC>、関脇<電球型蛍光灯>などとなっていた。実際どのくらいの売れ行きだったのかわからないが、大阪の梅田店販売員がつくった西の番付では横綱<大画面薄型テレビ>、大関<ゲーム機&ソフト>をあげており、アキバ店でもこれらは人気商品だったと思われる。

 散歩した時間は午後2時ころだが、つくばエクスプレスに乗ろうと地下改札口に急ぐ人たちも多く、ともかく駅周辺は活気に満ちている。景気は悪い方に向かっているが、アキバの元気はなくならないでほしいと正直思った。

 

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あきれてしまう賃上げ要請

2008/12/02 18:54

 

 それにしても、時代は変わったというか、へんてこな時代になったというか。総理大臣が経済界のトップを首相官邸に呼んで来年春の賃上げを要請した。雇用確保への努力ということでは、双方異論はなかったというが、賃上げはあくまでも個々の企業の問題であり、経済界トップに「要請」することが、そもそも時代認識の誤りであり、日本経済がいま置かれている状況に対する首相としての問題意識の欠如を露呈したといえる。国会答弁を読み違えたり、不用意な失言を連発したりはまだご愛敬だとしても、肝心な景気対策を先送りして、挙げ句の果ては賃上げ要請では、この国はもう終わりじゃあないですか。

 毎年度末に次年度の従業員賃金を引き上げる「賃上げ」は、戦後経済が右肩上がりの発展をしてきた過程において企業の労使双方が、毎年綱引きをしながら行われてきた。1960年代、70年代では業界単位で組合が結束して、業界トップ企業に準じる賃上げの枠組みもつくりあげたりしてきた。そうした組合の横の連携に対して、企業経営側は日本経営者連盟日経連)という団体をつくり、いわば総論としての綱引き議論を行い、それを踏まえたうえで主要業界がリード役になって当該業界の賃上げ水準を労使合意し、全体の賃上げ水準が決まってきた。こうした一連の労使の綱引きを、毎年春に行われることから「春闘」という。

 その後、バブル崩壊後の90年代、金融危機後の2000年代になると企業側に「賃上げ」に応えられる基本的な体力が減退し、それまであった「定期昇給」と「ベースアップベア)」を分離し、定昇のみ、ベアなしの春闘決着が大勢ととなった。企業側にも、業界内で「勝ち組」「負け組」などという形で業績の明暗も出て、組合側も同一業界内の結束が大きく崩れ、負け組企業では大リストラをやらなくてはいけないものだから、組合としても「賃上げより雇用確保」を最優先の目標に掲げた春闘になった。

 組合のカウンターパートナーである日経連も2000年代に入って間もなく、大手企業・業界団体の連合体である経済団体連合会経団連)と合併し日本経団連となってしまった。いってみれば、総資本Vs総労働というかつての構図は、もう見る影もない。大雑把にもそうした流れや現状を知ってか知らずか、日本経団連会長などに「頼むから賃上げをやってくれ」とは、一国を預かる経営者としては最低ではないのか。

 今年の流行語大賞の1つにもなった「名ばかり管理職」とか、派遣社員や非正社員問題など民間企業側にも個々に雇用・労働問題はある。それはそれで産業政策、経済政策として官民ともになって改善策を考えていかなければいけない。今回の賃上げ要請という総理の安直さは、いま日本経済が置かれている非常事態の深刻さをまったくご理解いただいていないというにつきる。

 

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金融サミット解説番外編

2008/11/17 19:35

 

新聞どの1面も、ワシントンで開かれた金融サミットの内容を伝えている。先進国と新興国の合わせて20カ国の首脳が一同に会して、米国発の金融危機が世界大恐慌にならぬよう対策を話し合った会合だが、要は、みんな心をひとつにして各国金融機関が暴走・破綻などしないように協力して管理・監督を強化しよう。また、経済危機に陥った国には、世界の銀行であるIMF国際通貨基金)が緊急融資をしてカバーしていきましょう。そのため日本はIMFへの資金提供をおおいにやりますよ。といったことで、戦後の自由世界のドル基軸体制を今後もしっかり支えていきましょうという確認の会合だった。

 いまの世界に、ドルに代わる汎用性の高い通貨は存在しないし、多くの国が外貨準備を含めドルで資産をかなり保有している。そのドルの価値を、従来通りに維持していこうと多くの国が合意したのだから、まずはめでたいといっていいのだろう。

 もちろん、この20カ国に入ってはいないが、固唾を飲んでこの金融サミットをウオッチし、かつその結果に安堵の胸をなで下ろしている国がある。そう北朝鮮だ。「ならず者国家」といわれたが、経済的には極めて貧しく、外貨準備高などもほとんどないが、将軍様だけは海外に相当な蓄財をしているとされ、それはまちがいなくドルで行われている。政治的な支援国である中国の人民元やロシアのルーブルなどであるとは聞いたことがない。これで一応、ドル資産が担保されたことでひと安心だろうが、目先に聡い将軍様のこと、今後はドルだけではなく、金はもちろんのこと通貨の種類も増やし、資産の分散化というか、俗にいうポートフォーリオ(他種類組み合わせの資産運用)に磨きをかけていくのだろう。

 もうひとつ、おもしろいのは金融の管理・監督の強化に反発しているスイスの反応だ。管理・監督強化は当然、金融機関個々がもつ資産の情報開示が含まれる。歴史を遡るまでもなくスイスの銀行は、預金者の秘密保持を金科玉条にして金融帝国をつくってきた。ロシアのロマノフ王朝のお宝や、ナチスドイツの資金、旧ソ連の関連など国際政治のうえで絶対に表面化してはならない資金を預かってきたとされる。その絶大な信用力のうえにいまの金融帝国がある。資産の情報開示はスイスにとって、金融業を辞めよ、もう死になさいといわれるに等しい。

 日本では、マンガ「ゴルゴ13」の主役のメーンバンクである。創刊号からのファンである者にとっては、ゴルゴの死活問題にも関わることになりそうなので、そこはひとつ、国情に合わせた柔軟な措置を期待したいものである。

 

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新装開店

2008/11/10 19:58

 

新しくはじめます。というものの、実は数年前にこのブログに参加していたのですが、すっかり中断してしまっていて、改めて装いを新たにしてのスタートです。

「太郎冠者」というのは、権威や世相を風刺した中世からの庶民演劇・狂言に出てくるユーモラスな脇役。実名にもちょいとひっかけて、世のさまざまな出来事を斜めに、皮肉に、お笑いに、あるときは正面からつぶやいてみたい。

それで、このあいだ著作権譲渡をめぐる詐欺容疑で逮捕された小室哲哉容疑者。1990年代、音楽界の英雄、カリスマとしての栄光と、その後の挫折と地獄は実に劇的である。マスコミがここぞとばかり大きく、にぎにぎしく取り上げるのは当然だろう。

 でも、報道している側の人たちの中で小室ミュージックに酔ったことのある人はどれだけいるのだろう。90年代を青春で過ごしたとして、せいぜい30代までか。少なくとも我が周辺の40代以上からは、小室ミュージックについての論評は皆無であった(まあ、その親しい顔ぶれを思い浮かべれば当然といったところだが…)。

 犯罪うんぬんもいいけれど、一時期でもなぜ大ブームをつくれたのか、その音楽性はなぜかくも高く評価されたのか。解説や説明、論評が大いになされても、所詮カラオケ音痴には理解できないと思うが。

 

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